で、あんたは死ね
©Michal Endo Weil
ヨアブ
とてもつらいけれど、やっぱり書くことにしました。できるだけ簡単に書きます。
つらい。もう、こんなふうじゃだめ。ここ数か月、お互いにまずかった。わたしの言ってること、わかるでしょ。おたがい飽きちゃってるのに、ただ、楽だからつき合ってるような気がする。慣れてるからって。だけど、楽しくはない、ね。
ヨアブ、自分だけなのをごまかしたくて「お互い」って言ってるんじゃない。あなただって、うんざりしている。遠いところでひとりきりだから、あなたの方がきっとつらいと思う。でも、わたしといても、前ほど幸せじゃないでしょ。
あなたを責めてない。自分も、誰も、責めてない。2年半、長かった。あんな楽しさはおしまい。わたし、今でもあなたに惹かれてるし愛してるけど、でも、お互い飽きちゃったのね。傷ついてほしくない。自分のためを思っての決心だけど、ほんとうは、あなたのためともちょっぴり思ってる。わたしを、前みたいには愛してない。わたしだって、そう。たぶん、おしまい。たぶん。わたしたち、ちょっとお互いに休んで、他の人たちを見たほうがいいのかもしれない。そう、ひどく残酷に聞こえるかもしれないね。わたしはテルアビブにいて誰とでも会えるのに、あなたは男ばかり30人で山中に縛られているんだもの。だけど、わたしへの態度を感じている以上、もう、ごまかせない。少しのんびりしたいから、つき合うのをしばらくやめませんか。町に来たら、そのこと話しあいましょう。
怒らないで。あなたは今だってわたしの一部、わたしの人生の一部で、あなたなしだと他人の人生みたいにさえ思えます。でもお互いに満足できなきゃ、きっと、もう終わりってことなの。
どうか、怒らないで。怒ったりしたら、とてもつらい。
さようなら
何度も繰り返して読み、たたんで封筒にしまうと、わきに置いた。目をあけたまま横になった。何時間過ぎただろう。映画からみんなが戻って、あたりが騒がしくなった。テントの仲間が入ってきて、また出ていった。騒ぎがしずまり、みんなが眠りにおちても、ぼくはそのまま横になっていた。
外に出て煙草に火をつけ、大砲のそばにいって吸った。乾いた悲しみでいっぱいで、泣くことさえできなかった。たまらなかった。疲れはて、汚れて、重たるくて、煙草の吸いすぎで、口のなかが苦かった。アルコールがないのが残念だった。テントに戻り、寝袋にもぐりこんで眠ろうとした。長いこと、目が冴えたまま横になっていたが、ようやく、明け方になってうとうととした。
朝5時半起床。テントを出て寝袋をたたむ。遠くに、移動命令書を手にした上官がこっちに来るのが見えた。
「君はベースキャンプに戻る。訓練は終わりだ」
上官の手から命令書を受け取った。
「あまり、いい気になるなよ。ちょっとしたことが基地でお待ちかねだ」
遠ざかっていく姿をぼくは見つめた。それから、荷物をまとめると、儀礼用の軍服を着て、他の兵隊たちと別れた。どうやら、みんな何か聞きつけたらしい。深刻な顔つきだった。ぼくが何も知らないとわかるまで、ちょっと時間がかかった。炊事兵が情報をながす役目を買ってでた。
「アドリー、なにをしたかは知らんが、揉めたな。ミロンの大隊長はあいつの叔父貴に当たるんだぞ」
そうか、と思った。そうだったのか。
あいつには証人もいらなければ、訴状の提出さえ必要なかったのだ。大隊長が守備隊にのぼって、ぼくに罪を着せればそれでいいのだ。ボタンをちゃんと留めてないとか、銃器にごみがついているとか、問題をさがそうと思えば、そんなのはわけない。大隊長みずからが裁判をして、ぼくは、きっと、長期間営倉入りになる。
「大隊長はあと5日で退役だ」ぼくは言った。
「その5日のあいだに、おまえの件よりもっと重大事が起きて、大隊長が手いっぱいになるよう祈るんだな」と、炊事兵が言った。
別れのあいさつをして、みんなと別れた。砂漠のど真ん中のキャンプからテルアビブの両親の家に着くと、もう夜だった。アナットに電話をしたが、いなかった。疲れてベッドに横になって、もう一度手紙を読んだ。彼女に捨てられ、営倉入りとは、なんとまあすばらしい週なんだ。すばらしい。疲れ果てて、ぼくは手紙を握ったまま眠りこんだ。
目が醒めると、朝の7時だった。起き上がって荷物をまとめ、あまり期待もしないで電話をすると、アナットが出た。
「アナットか?」
「ヨアブなの?」声がおどろいている。「町にいるの?」
「ああ、君、ひまかな?」
「ええ」そう言って、黙った。
とうとう、ぼくは言った。「手紙を受け取った」
ふたりとも30秒ほど黙りこみ、それから、会う約束をした。彼女は、父親の大きな新車でやって来た。
車に乗ったが、終わっていた。なにも、もう口にできなかった。もう自分のものではない、と急に決めてしまった人のそばにいる感じは、言葉では表現しようがない。見たところは同じ女なのに、その朝ぼくを乗せたアナットは、もう手を触れることさえできない存在だった。なにも言えなかった。なにか口にすれば、ただ彼女を遠のかせ、心を閉じさせるだけだった。彼女は、もう思い決めてしまったのだから。完璧な裏切りだ。愛している女がほかの男のもとに走ったというんじゃない、もう、これ以上、愛してはならないといわれたのだ。
といって、しゃべらないわけにはいかなかった。あとで、ひとりきりでベッドにもぐったときに賢者になればいい。事件のただなかにいるときは、残った力のかぎりを尽くさなければならない。だが、イラクサで撫でるようなものだった。撫でようとして彼女をいっそういためつけ、彼女は自分のなかに身をちぢめてしまった。
アナットがバス停まで運んでくれた。ハンドルを握り、ギアを入れ替える彼女の手を眺めた。この、慣れた調子で車を動かす手が、かつてぼくにしてくれたことを思った。じっくりと、よく見ておくんだ。彼女がこうしてなにかに触れているのを見るのも、これが最後だからな。ぼくたちは別れた。
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